イランとイスラエル。映画『TATAMI』で共同監督した2人は、なぜ「柔道」を描いたのか。第36回東京国際映画祭審査員特別賞、最優秀女優賞をダブル受賞した傑作より

2023年11月23日木曜日

映画祭 東京国際映画祭

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(C)Juda Khatia Psuturi
この作品は、イランとイスラエルにルーツを持つ、2人の監督が共同で製作されている。これは、史上初の取り組みであると同時に、命の危険を伴うプロジェクトだったこの作品に参加したイラン人は、すべて亡命しているという。そのような危険を伴うなか、なぜ、彼らはこの作品を描かなければならなかったのか。

(C)Juda Khatia Psuturi

イランから追放されているザーラ・アミール・エブラヒミ監督

この作品の監督(共同)で、かつ、コーチであるマルヤム役を演じるのは、イラン系フランス人ザーラ・アミール・エブラヒミ。前作のアリ・アッバシ監督の『聖地には蜘蛛が巣を張る』で、第75回カンヌ国際映画祭(2022年)女優賞を受賞した注目の俳優だ。彼女は、現在は、フランスでの活動をしていますが、それは母国イランから追放されているためです。

彼女と監督を務めたもう一人は、イスラエル出身のガイ・ナティーブ監督。二人の母国は対立関係にあり、また、現在は、イスラエルが、ガザ地区のハマスと戦争状態になっている。

そんな2人がどのような想いで、この作品を製作されたのか。何を考え、何を批判しているのか。どのような世界を目指しているのか。

作品解説
ジョージアの首都トビリシで開かれている女子柔道選手権に参加しているイラン代表選手レイラは、このまま勝ち抜くとイスラエル代表選手と当たる可能性があるため、負傷を装って棄権しろ、との命令をイラン政府から受ける。命令に背いて出場を続けるレイアを、コーチのマルヤムは命令に従うように説得する。やがて、マルヤムもまた選手時代に同じような状況に巻き込まれ、棄権を選んだことがわかる。(第36回東京国際映画祭公式プログラムより抜粋)

対立しているものは、抑圧されているのは、果たして何か。

この記事を書いている2023年11月18日(土)、イスラエル軍とガザ地区のハマスと戦争状態になっている。この状況を受けて、世界中で、反ユダヤ、反パレスチナのヘイト発言が渦巻いているが、編集部は、マスコミ報道やニュースとの感覚のズレを感じている。

この映画『タタミ』において、イランの女子柔道選手を抑圧し、彼女の命を危険に追い込んでいるのは、イラン政府であり、イランの権力者である。イラン政府は、政府を批判したり、方針に反する存在として、監督のザーラ・アミール・エブラヒミを追放するだけでけでなく、たとえば、ベルリン国際映画祭金熊賞受賞『悪は存在せず』(東京国際映画祭2020ワールドフォーカスで上映)のモハマド・ラフロス監督や、今年、最新作『熊は、いない』が日本公開されたジャファル・パナヒ監督を、現在も逮捕、収監している。

では、誰が対立し、誰が抑圧し、誰が戦争を引き起こしているのか。

ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ、他にも、シリアやミャンマー。戦争や紛争、弾圧を引き起こしているのは、いずれも権力者である。政治的な力や宗教的な力を使い、力で抑圧したり、人々を虐殺している。

映画『タタミ』が、なぜ「柔道」を描いているのか。

この文章のあとに、実際に映画祭で両監督が語った言葉を掲載していますが、その中では、このように語られています「「柔道」というのは、「とても美しく、お互いを尊重している」スポーツと考えていました。スポーツマンシップがあり、対戦相手をリスペクトしている。血が1滴でも畳の上に流れると試合は止められます。試合をしている対戦相手を、まず、選手として、そして、人間として、お互いを尊重する、素晴らしいスポーツだと考えています」。また、受賞コメントでは、ザーラ・アミール・エブラヒミ監督は、こう語っている。「日本で「柔道」という言葉は、「柔和な道」を意味すると聞きました。それこそが私たちが進みたい道です。未来のある唯一の道です

この作品だけでなく、他の多くの映画作品でも描かれていますが、権力者により、虐殺され、抑圧され、命を、権利を奪われているのは、常に私たち民衆であり、力を持たざる者です。

今、ガザ地区で、ミャンマーで、その他の紛争地で虐殺されているのは、私たちと同じ民衆であり、民族同士、宗教同士の対立が根本的な原因ではない。

編集部は、イスラエルの、パレスチナの、イランの、日本の民衆は、対話できるはず、リスペクトできるはず、「柔和な道」を選べるはずだと考えている。また、映画は、映画製作者は、権力者を批判しつづけいく、訴えつづけていく必要があると考えています。

この作品は、2024年、イランを除く、世界配給される予定で、日本でも配給されることが見込まれいる(映画祭時点では、まだ配給会社は決まっていないが)。ぜひ、この作品で描かれていることを観て、この作品を製作しようと、共同で取り組んだ監督、スタッフの想いを感じ取って欲しい。

(C)Juda Khatia Psuturi

2023年10月29日(日曜)、第36回東京国際映画祭において、作品上映後、ステイシー役を演じつつ、プロデューサーを務めたジェイミー・レイ・ニューマン(以下、P) によるQ&Aセッションが開催されました。その中で行われたQ&Aより、一部を抜粋してご紹介します。聞き手:安田佑子(以下、安田)  

※Q&Aには、作品の内容に踏み込んだものが含まれていますので、ご注意ください。

(C)2023 TIFF プロデューサー/俳優:ジェイミー・レイ・ニューマン

Q(安田):この作品は、2人の共同監督がおられますね。ガイ・ナティーブ監督は、イスラエル出身でアメリカ在住、コーチ役も演じたザーラ・アミール・エブラヒミ監督は、フランス在住のイラン系の女優さんですが。

A(P):映画の歴史において、イランとイスラエルの方が、映画を共同監督したのは、初めてでしょう。このこと自体が、奇跡的なプロジェクトだと考えています。昨年、ジョージアのトビリシで撮影したのですが、すべてを秘密裏に運んでいて、アメリカ大使館、イスラエル大使館が協力してくれました。私たち(監督とプロデューサーはパートナー)は、2人の子供を連れて、トビリシに滞在していました。すべての映画の情報、タイトル、俳優の名前等は、暗号化され、隠密で製作されていました。特に、共同監督で女優でもある、ザーラ・アミール・エブラヒミは、危険ということで、気をつけて撮影しました。。

Q(一般):モノクロで撮影されていますが、その理由・意図を教えてください。

A(P):この作品に、カラーバージョンは存在しません。最初から、モノクロで撮影しようというのが、共同監督の一致した意見でした。なぜなら、彼らの人生には「色」がないからです。いつも、白黒。ヒジャブをつける、つけない。運転して良い、いけない。その「中間」がありません。また、アスペクト比をタイトに製作していますが、終盤のシーン、選手が難民のチームとしてスタジアムに入る時だけ、画面が広がっていきます。さらに、時代を感じさせない作品にもしたいと考えていました。50年代に撮られたかもしれないし、80年代かもしれない、今、撮られたかもしれない。歴史劇としても、観て欲しいのです。自由になった時に、ふりかえって、歴史的にこういうことがあったと思える、そんな雰囲気も欲しいと考えていました。

Q(安田):何も情報がないまま観ると、昔の話なのかなと感じるかもしれませんが、スマホでビデオ通話をしているシーンなどがあり、この作品が現代の話なのだとわかります。それは、とても衝撃的で、イランのアスリートたちが直面している現実を感じて、胸が痛くなりました。これは、実話というか、実際にアスリートたちにあったエピソードを組み合わせているのでしょうか。

A(P):この作品の製作のきっかけは、2019年の世界選手権(日本武道館/東京)に出場していたイラン人の柔道選手サイード・モラエイが、イスラエル人と対決するのを避けるために、コーチに、怪我と偽って棄権しろ、と指示された出来事です。彼は、国からの指示を拒否して、大会中に亡命しました。この事件を知り、ガイ・ナティーブ監督は、2019年のコロナが始まった頃に、脚本を書き始めました。ただ、2022年のマフサ・アミニの死、ヒジャブを適切に被らなかったことを理由に殺された事件から、また、全然違う方向へ転換していきました。その頃から、様々なイランのスポーツ選手が、大会中あるいは大会後に、亡命を申請するということが起こりました。イラン政府が、いかに、スポーツ選手に強制しているか、国に戻れない等を理由に、ということがわかり始めました。また、その事件を受けて、女性の話にもなっていき、さらに、ザーラ・アミール・エブラヒミ監督が参加してから、女性の権利の話へシフトしていきました。

Q(一般):大きな支配とコントロールのなかで、自分達はどのように対峙するのか、という大きなテーマで、私たち日本人にとっても、考えることが多く、素晴らしかったです。ラストで、パリに行った時に、子供はたどり着いていますが、父親の姿がありません。そのことには違和感はなかったのですが、あえて父親を不在にしたのか、それとも、父親はたどり着けなかったのでしょうか。意図を教えてください。

A(P):父親も無事にパリに着いている設定です。子供がたどり着いていますので。むしろ、ここで疑問となるのは、イランに残してきた家族や父親はどうなったのか、ということ。彼女は、パリに来ることができ、安全になったのですが、家族を故郷に残したまま。この映画に参加しているイラン人の方々は、みな亡命しています。この映画を作って、イランには戻れません。残った家族はどうなるのでしょうか。代償を払わないといけないのでしょうか。

(C)2023 TIFF プロデューサー/俳優:ジェイミー・レイ・ニューマン
Q(一般):試合前に和楽器、和太鼓が音楽・音響として使われていて、緊張感を盛り上げていく意図で使われていて、印象的でしたが、それはどなたのアイデアなのでしょうか。
A(P):撮影現場では、(監督や私たちは、)スタジアムの廊下にいて、モニターをみていました。撮影監督が、柔道の撮影をしている時に、監督は、ずっと日本の戦争の時に使われていた太鼓を叩いていた(陣太鼓か?)。脚本段階で、すでに書かれていて、あの太鼓を使うことは、最初から織り込み済みでした。この作品には、多くの日本へのオマージュが含まれています。また、なぜ柔道を採用したのか、という点です。他のスポーツでも、レスリングでも、ボクシングでも、オリンピックや世界大会では、よく同じことが起きているので、他のスポーツで描いても良かったのでは、と質問されるのですが、監督は、「柔道」というのは、「とても美しく、お互いを尊重している」スポーツと考えていました。スポーツマンシップがあり、対戦相手をリスペクトしている。血が1滴でも畳の上に流れると試合は止められます。試合をしている対戦相手を、まず、選手として、そして、人間として、お互いを尊重する、素晴らしいスポーツだと考えています。

Q(一般):今回、代表監督を務めたザーラ・アミール・エブラヒミ監督ですが、実際に当事者(イランから抑圧を受けている)だと思いますが、どのようなアイデアや意見が反映されたのでしょうか。また、この作品は、秘密裏に製作されていますが、配給にあたり、イラン政府から圧力がかかったことはありますか?
A(P):元々、この脚本は、ガイ・ナティーブ監督が、(一人で)書いたものが元になっています。当初、ザーラ・アミール・エブラヒミさんは、俳優としてキャスティングしていました。『聖地には蜘蛛が巣を張る』という、昨年、カンヌ国際映画祭で、女優賞を受賞した作品を観て、彼女には、コーチ役をやって欲しいとお招きしました。とても小柄な方ではありましたが、今回の配役には、ぴったりだと考えました。そのあと、彼女がパリでキャスティングディレクターもされているということがわかりましたので、イラン人俳優のキャスティングもお願いしました。作品を準備するなかで、ガイ・ナティーブ監督から「この作品は、私ひとりでは監督できない。イラン人女性の声が必要だ。実際に経験した人の声が必要だ。そうでないと、リアルが伝わらない」との考えがあり、それを受けて、ザーラ・アミール・エブラヒミさんに製作への参加を打診しました。結果として、衣装から、細部にわたり、映画のどの部分を切り取っても、私たちと彼女の協力の元に完成しています。彼女の経験が反映されています。経験者の声を伝えることが大切だと考えますが、そういう意味でも、彼女の協力が不可欠でした。ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門でプレミア上映をして、来年から上映開始の予定ですが、もちろんイランでは上映はできません。世界は、日々、刻々と変化しています。今、中東で起こっていることは、どんどん広がっています。私たちがこの映画を撮影していた時と今の状況もまた変化しています。この作品(の上映)がどうなっていくのか、わからないのですが、完成したことには、幸せを感じています。

Q(安田):製作することを秘密裏にしないといけないこと、イランの国民に観てもらえないというのも、大きな圧力ですね。しかし、この作品は、すでに世界配給は決まっているとお聞きしていますが、日本配給は決定しているのでしょうか?
A(P):残念ながら、日本の配給会社は、まだ決まっていませんが、どこかの配給会社が興味を持ってくれて、来年、公開できるといいな、と思っています。これは、とても個人的な作品ではありますが、個人的であればあるほど普遍性を持つ、という言葉もあります。とてもニッチな映画なのですが、世界中の人に語り掛けることができれば、と考えています。
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2023年11月1日(水)クロージングセレモニー
審査員特別賞受賞コメント

(C)2023 TIFF ザーラ・アミール・エブラヒミ監督

ザーラ・アミール・エブラヒミ監督の受賞コメント

世界は燃えています。イランは燃えていて、そこに住む素晴らしい人々を殺害しています。パレスチナは燃えていて、何千人もの市民の死を嘆いています。イスラエルは燃えていて、人々が殺されています。いたるところで、無実の人々が不正により血を流し、私たちが生み出した混乱のなかで無力になっています。しかし、私たちは映画を作りました。この映画は、憎しみ合うように育てられた人々の奇跡的な組み合わせにより生まれた物語です。イスラエルとイランの監督が一緒に仕事をするのは、とても大切なことです。あらゆる困難を乗り越えて、初めて団結し、歴史を作ることになるのです。しかし、映画が公開された時は、歴史がこのように動くとは思っていませんでした。この映画にひとつの力があるとすれば、それは闇の時代に光と戯れることでしょう。日本で「柔道」という言葉は、「柔和な道」を意味すると聞きました。それこそが私たちが進みたい道です。未来のある唯一の道です。この映画『タタミ』は日本の名前ですが、普遍的な問題を語っています。憎しみに向き合い、、敬意を示す勇気をどう持ちうるか。東京国際映画祭審査委員の皆様、ありがとうございました。
(C)2023 TIFF ガイ・ナティーブ監督

ガイ・ナティーブ監督の受賞コメント

皆さん、こんにちは。『タタミ』の共同監督のガイ・ナティーブです。この素晴らしい驚きをザーラ・アミール・エブラヒミと共に感謝したいと思います。私は、ちょうど東京からの長いフライトを終え、ロスに降り立ったところです。皆さんの反応を肌で感じ、美しい東京で過ごした素晴らしい一週間でした。『タタミ』は、日本の伝統へのオマージュであり、相手を敬うことでもあります。そして、イスラエル人とイラン人の初の共同作業でもありました。私たちは政府が阻止しようとしていたことを実行したのです。兄弟姉妹になるために協力し合いました。そのことを認めてくださり、映画を観てくれて、感謝しています。そして、困難な状況の中で生きている私たち全員にとって、それがどれほど重要なことなのかを理解してくれたことに感謝します。この映画が暗いトンネルの中の小さな光明になることを願っています。審査員の方々、そして日本のみなさんに改めて感謝します。私たちは、皆さんが大好きです。来年もまた次の作品を携えて、日本に行きたいと思っています。あなたたちは素晴らしい、ありがとうございました。

作品情報
『タタミ』英題:『TATAMI』

監督:ザーラ・アミール・エブラヒミ、ガイ・ナティーブ
出演:アリエンヌ・マンディ、ザーラ・アミール・エブラヒミ、ジェイミー・レイ・ニューマン
103分/2023年/ジョージア/アメリカ

東京国際映画祭作品紹介ページ
https://2023.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3601CMP14
(追記)
日本公開決定
邦題『タタミ』公式サイト
https://mimosafilms.com/tatami/

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